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2008年04月15日

実感ってなんだ

個人的な事を書きます
富良野塾という所にいた自分には沢山の後輩や先輩がおります。
2年生なので同期とは2年暮らし、1つ後輩と先輩は1年一緒に生活をします。
ちなみに16期の僕は卒塾してかれこれ7年になる。
もう7年、早い。
今日は後輩の一人について書きたいと思う。
俊樹という。19期の彼との出会いは2003年だ。
富良野塾ツアーに選ばれOBとなって参加するために富良野へ帰った時に在塾生として彼はいた。
富良野塾公演はOBと在塾生からキャストが構成されている。
ツアー参加するために帰った僕に、未だツアー参加が決まってない在塾生が必死にもがいてる時に一番人懐っこく僕にアドバイスを求めてきたのが俊樹だ。
結局彼はツアーには参加出来なかったが、そこから俺と俊樹の奇妙な兄弟のような関係が始まった。本当によく電話がかかってきた。
あれから5年、現在も月1ペースで電話がありくだらない話や、近況情報などを話してた。
こちらから電話した事は一度も無い。
2月に東京公演で行った際も彼女連れで見に来た。
僕が東京公演する時は必ず来てくれたし、飲みに行って語ったり、時には俊樹の友達と一緒に飲んだりもした。
僕が結婚する時はかなり身体を張って作ってるビデオレターをくれた。
お笑い大好きな彼は放送作家を目指してた。
なんで過去形かと言うと、俊樹が急にあの世に逝ったからだ。
今日、急遽東京へ行き通夜に出た。
くだらない事が大好きな俊樹だけに、最初聞いた時はドッキリかと思った。
行きの飛行機は実感がわかないのと意味が分からない気持ちだった。
通夜が始まっても実感がわかない、写真は俊樹だ
葬式コントのように棺から出てきそうだった。あいつならしかねない。
・・・・出てこなかった、顔を見るまでは諦めきれない気持ちで一杯だった。
通夜が終わりやっと顔を見れたんだが、間違いなくあの俊樹が木の箱で寝てる。
土色の顔を見ると急にこれは現実なんだという実感がわいてきた、涙が溢れ出るとはこういう事なんだと後になると思うが、その時は現実として受け入れたくない「イヤだ」だけだった。

最終の飛行機で帰りこれを書いている。
またいつものように「正太郎にいやん」と電話がかかってきそうだ。
家に帰ると実感が薄れるような気がしたので、現実を受けとめる意味でこれを書いてる。

若いとか年取ったとか関係ない、1日1日を大切に生きようと思う


わずか30歳でこの世からあの世へ逝ってしまった大塚俊樹へ

「やるやるとは聞いてたけどここまで派手なイベントやりやがって、ドッキリかと思いきやマジじゃねーか、さすがに笑えねーよ、バカッ」
「ダメ出ししてやるから電話してこい」


投稿者 arikado : 2008年04月15日 03:19

コメント

仲良くして頂いていた、友達の1人です。
私も同じことを思います。

いつも地声がでかくて、携帯がトランシーバみたいになってんだけど。
いつも通り聞き流してやるから、かけて来いよー。

投稿者 ゆか : 2008年04月18日 16:10

はじめまして。
私、大塚くんおとは知り合いでもなんでもないんですが
大塚くん知ってます。たぶんですが。。。
「嵐 相葉雅紀のレコメン!アラシリミックス」というラジオで
相葉くんのとなりでいつもしゃべってた人ですよね?
だったら知ってます。
私も相葉くんの口から亡くなったというのを聞いたときは
本当にビックリして、信じられませんでした。
でもあとから本当だということが分かって、涙が出ました。
あの人はきっといい人で、皆から好かれていたんでしょうね。
本当に残念です。。。

投稿者 匿名希望 : 2008年04月26日 11:15

こんにちは。
私も相葉くんのレコメンのリスナーの1人です。

ちょうど去年の今頃から大塚くんはラジオに出てきました。
それから毎週大塚くんと相葉くんの掛け合いを楽しみにするようになりました。
ラジオを聞いていてわかる範囲でですが、大塚くんの人柄がすごく好きでした。
そしてこの間亡くなったと聞いて最初はドッキリだと思いました。
でも番組の最後まで結局出てこなくて、ああ本当なんだなと。
もうラジオには出てこないんだな居ないんだなと思うと、すごくさみしくて悲しくて涙が出ました。

大塚くん。
1年という短い間でしたが、毎週楽しませてもらってました。
ありがとう。

投稿者 りな : 2008年04月27日 10:52

としよかったね
また いつか 逢おうね


ありがとう

投稿者 げんり : 2008年07月26日 00:11

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